私は「整理収納アドバイザー」という資格を持っています。

先日、「整理収納アドバイザーフォーラム2018 in 東京」へ参加してきました。
短い時間の参加となってしまったのですが、親しくさせて頂いているアドバイザー奥田明子さんの研究発表や、大先輩アドバイザー大法まみさんの講演など、有意義な時間となりました。

その講演の中で、今の私の心にヒットしたものがあります。

 

「対話」してますか?

大法さんご講演の内容を詳しく書く訳にはいきませんが、「対話」について触れられました。

対話とは、互いの立場や価値観を理解し合い、目指すべき方向を共に見出すためのクリエイティブな取組み。傾聴もその一つ。
対話の着地点は絶対的には重要ではない。対話自体がコミュニケーションである。

すごく引っかかったのです。私の心に。

「ここ最近、夫と対話してないな、私。」と直感的に思ったのです。

「対話」と似た言葉で「会話」がありますが、
会話とは、日常で話す取り留めのない話。信頼関係がなくても取れるコミュニケーション。
対話が聴き合ったり伝え合ったりする確認作業であるとすれば、会話はもっと軽い要素のようです。

 

「会話ばっかりだなぁ。」

もちろん、会話がいけない訳ではないし、対話をすることで得られる相手への確認や目指すべき方向が分かった上での会話であれば良いのですが、向き合う時間を持ててないな、と気づかされたのです。

だからと言って、急に「対話しよう!」なんてのは、身近過ぎるとかえって気恥ずかしく感じたりもします。

 

グッドタイミングでの夫婦喧嘩

後日、夫と夫婦喧嘩・・・というか、軽い口論になりました。
感情的になりつつも論理で攻める私 VS 議論が苦手な夫。いつもの流れで行けば先は見えています。。

そこで、先日の講演を思い出し、「これは対話のチャンスじゃん!」と思い直し、夫には何とか議論の土俵に上がってもらえるよう、対話をできるよう、私が心がけてみよう!と。

自分の意見を述べるのが苦手な夫。理由は、負けてしまうから、だと言うのです。

 

議論には勝ち負けなんかない。

私はそう思っています。多様な価値観を共有することができ、相手の意見から自分の中にはない気づきを得たり、自分の意見を見つめ直したり、そもそも価値観や意見が違うことを互いが認識し合うだけでも良いと考えています。意見を一致させる必要なんてさらさらない。

 

今回のこのチャンスは逃したくなくて、整理のプロとして、ファシリティトを意識しつつ、議論しました。ようやく大人になれたのか、私。

 

 

意見を言うことに慣れない夫は、一つ一つ考えながら自分の想いを言葉にしていきます。

 

何事も慣れである

対話や議論に限ったことではありませんが、物事は続けていくうちに慣れることができます。

相変わらず車の運転が苦手な私ですが、それでも運転には慣れましたしね。

夫だって、「自分の意見を言うこと」を諦めさえしなければ、必ず慣れるはず。夫は、議論のチャンスが少ない人生を歩んできていました。それを知っているのに、上手く立ち回れない私。

整理だって、最初は苦手な人でも必ず慣れていきます。

私は、夫が自分の意見を言うことができるよう、しっかりと傾聴しよう。対話ができるようにしよう。
その心がけが足りなかったと反省しています。

 

夫との対話、議論の後は、ともにすがすがしい気分になり、お互いの行動が明らかに変わりました。
着地点が見えなかった箇所もありますが、それでも立場や考えを理解し合うことができたように感じます。

以前から、仲の良い夫婦で知られている私たちですが、さらに仲良しですよ。

 

整理は幸せへのトリガー

整理が幸せへのトリガーとなる可能性は高い、と、大法さんはおっしゃいました。

対話や議論も整理の一種であると私は思っています。今回、放置したままになっていた心のモヤモヤの整理ができたので、気分爽快、幸せな気分です。

私は、整理は今日よりもっと素敵な明日を迎えるためのキッカケになると信じています。つまり、整理は幸せへのトリガー。

 

 

私は九星気学を学んでおり、その師匠から、「今年のあなたは、夫婦の関係性が全てを表す」と言われました。
今年もまだ4ヶ月目ですが、すでに痛いくらいにそれを感じています。

家族とも仕事とも、真摯に向き合っていこうと思うキッカケを頂きました。

ヒトは忘却の生き物である・・・なんて言われますが、私の忘却はなかなかのものです。定期的に思い出させてくれる機会に恵まれて感謝の一言です。

 

 

社員間にも議論は必要。仕事と、関わる人たちと真摯に向き合いたいと思う働く全ての人たちに向けた講座です。

整理収納アドバイザーBAV(ビジネスアシストバージョン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手放せば入ってくる。」