今日は、習い始めて4年となる室礼のお稽古へ。

※私が室礼を習っている背景はこちら。

「室礼」を通して伝えたいこと

 

「基礎科」「専科」を経て、今年からは「研究会」へと進みます。今年から研究会へと進む方たちは、私を含めて15名。

先生と事務局からの説明を受けた後は、チーム分け。専科までは、「先生 対 生徒」という形で進めていましたが、研究会では、「先生 対 チーム」となります。

私は、”チームC”でした。本日欠席の人も含めて4名のチーム。今後は、全て、チームで活動せねばなりません。

 

実はこの、”チーム活動”というものに大きな抵抗があって、研究会へ進むかどうかを迷っていました。結局は、先生に背中を押されたのですが。

 

冨安、班長を拝命す!

チームCのメンバーは錚々たる顔ぶれ。皆さま、華道とか書道とか、室礼のお稽古に活かせそうな技術をお持ちの方ばかり。

 

そんな中、私は何にも持ってない…。

挙句の果てには、教室に飾られていたネコヤナギの花穂を、毛虫と勘違いして驚く始末…。

(周囲はドン引きですよ。ネコヤナギも知らない、花穂ということも今しがたネットで調べて知りました。今までの4年間、一体何をやってきたんだか。。)

 

そんなわけで、最初から足手まとい感をプンプン漂わせていた私。ああ、お先真っ暗…。

 

ただ唯一、メンバーの中で今日の予習をしてきていたところに先生が目を付けてくださり、“しっかり者”認定を受けることに。その流れで“班長”という大役を仰せつかりました。

ま、他に目立った良さがなかったんでしょうけどね…。

 

不思議と、この”班長”という大役をすんなり受け入れた私。なぜなら、他のことではお役に立てないと瞬時に痛感したから。

班長の仕事は、先生や事務局との調整、他のチームとの連携、自チームのまとめ役。事務的な処理。スケジュール調整やレポート作成。

もはや、お稽古の本質とは全く関係のないところではありますが、そこをサポートすることが私の役割の一つである、と肝に銘じて動くことに何の異論もございません。

 

しかし、不思議なことに、ここにも整理のプロとして、普段の仕事が生きることになりそうです。

 

初打合せは、支えてもらいながら。

チーム分けが終わった後は、早速、2月のお稽古のテーマである「雛祭り」について、チームで打合せへと突入。

一通り、「雛祭り」について予習をしてきていた私は、何とか話についていくことができました。

 

実際のお稽古日の前までに、やることをピックアップ。いわゆる、「全出し」です。そして、それぞれに期限を決めます。進捗を確認しながらまとめ上げるのは、班長・私の役割です。

チームメンバーが持っている良さを引き出しながら、それぞれのウィークポイントを補い合いながら。また、他のチームとのバランスも見計らいながら。

 

 

どちらの花器を使うかの確認。センスも知識もない私には、他のメンバーに助けられています。

この花器をお借りする手続きは、班長である私が担当します。

 

桃の枝花をしつらえるのですが、花器はもちろん、飾る場所のサイズ感も重要なのだそう。

計測重要!

花器=収納グッズ、飾る場所=収納スペースと考えれば、収納の時と同じです。

計測し、メモ、みんなで共有。これも私の担当です。

 

チーム活動=自由が制限される・好き勝手できない…?

・・・これはある意味大きな間違いなのですが、元々自由をこよなく愛する私にとっては、チーム活動が窮屈に感じることもあります。

しかしこのように、自分ができないことをメンバーに助けられながら、自身の学びを深めることもできます。

自分ひとりの力以上のことを成し遂げられるのは、チーム活動の良いところですね。

 

大人になって、仕事ではないところで、このような経験ができることは、私にとっては良い経験であり、ありがたいこと。

この打合せの時間だけでも、そう実感しています。

 

試練の2年間

研究会の期間は2年。専科までの時とは異なり、各自が考えて主体的に動く必要があります。

チームで表現せねばなりません。チームワークも求められます。

 

私が大事にしている言葉の一つに、「必然・必要・ベスト」というものがあります。

まさに、今の私には、必然のタイミングで必要なことがやってきた、と、しみじみ思っています。取り組む時間も、過分に取る必要があるでしょう。いかにしてベストを尽くすか。

 

先生はおっしゃいます。

「本やネットで調べれば分かるような情報を並べるのではなく、自由に自分たちを表現してください。」

 

今、「もどき」が流行ってしまっていることを、先生も嘆いてらっしゃいます。

年中行事の本質を理解した上で、これからの世代に正しくつなげていけるよう、今の世代に生きる私たちが、オリジナルの工夫を加えて表現することが求められているのだと感じました。

昔からの”変わらないまま”だと、かえって廃れてしまいます。本質は変わるものではありませんが、変化と進化が求められます。

 

試練の2年間になりそうですが、取り組む価値のある、多くの実りを得ることができそうな確信があります。

しかしまぁ、この時期から頭の中が「雛祭り」でいっぱいになってしまうのも・・・何ですね。

 

室礼は、私の”生涯の学び”となりそうです。当コラムでお付合い頂ければ幸いです。